2008年07月01日

目標を持って

ウォーキングのためにわざわざ30分?数時間ほどをとって日課にしている人でなくても、健康のために毎日1万歩を目標に歩数計を身に着けている人もいることでしょう。
でも普段の生活の中では、なかなか1万歩の歩行をするのは難しいですね。

歩数計は楽しくウォーキングを続けるため、また目標を持って歩くためには持っておきたいウォーキンググッズといえるでしょう。
「万歩計」といった方が馴染みがありますが、これはYAMASAという会社が発売した歩数計の商品名です。
歩数計は、歩行時に身につけ、衝撃をセンサーで検出し、歩数としてカウントして表示するものです。
歩くときの上下振動を検知するので、取り付ける場所や感知レベルにより誤差が出ることもあります。
基本的には、もっとも歩行の振動を拾いやすいのは腰の位置で、腰骨にあたる場所(ベルトかズボン)に取り付けます。

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2008年06月20日

成長祈願

「帯解き」とは、七五三のお祝いとして七歳女児の両親に対して贈る金品の表書きの献辞 ( 上書き ) に用いられるものです。古くは宮中の儀式 ( 御帯解きの儀 )に発祥するもので、女児七歳時の11月15日に、出生後の無事感謝と今後の成長祈願のために神社に詣でてお祓いを受けます。

御帯解きの儀 : 元は男児五歳、女児七歳時に行われた「帯を付け始める」お祝いの儀式で、子供着の付け紐から正式な帯に使い変えることを言います。
後に武家社会でも執り入れられるようになって、「御袴着の儀」が男児の五歳時の儀式としたことにあわせて、「御帯解きの儀」が女児七歳の儀式として定着しました。
※以前は数え歳で行われていたが現在では満年齢で行われることが多くなっています。
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2008年06月13日

盲腸


   盲腸の働きは、口から入り、胃から小腸を経て大腸に達した食物を最終的に
   完全に消化することである。しかしこれは、盲腸だけでなく大腸上部すべての働きで、
   盲腸は大腸のサポートにすぎない。しかも、大部分は小腸で消化されるため、
   盲腸は人体に必要ないのだ。


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2008年06月10日

自転車に乗れない人

近年の研究により、いわゆる「体で覚える」というのは「小脳が記憶する」ということだというのがわかってきました。我々が何も考えずにできる行動は全て小脳が覚えているからこそできるのです。例えば、「自転車に乗る」という行動。これは生まれながらにして人間ができる行為ではありません。もし人間が生まれつき自転車に乗れる能力を持っているのなら、自転車に乗れない人がいるはずありませんよね。「自転車に乗る」という行動を小脳が記憶してはじめて自転車に乗れるようになるわけです。逆に、一旦自転車に乗ることを覚えてしまえば、何も考えなくても乗れるようになりますよね。それは小脳が自転車に乗る方法を記憶したからです。こういうことが近年判明してきたのです。こうして考えると、大脳が「有意識」を担っているのに対し、小脳は「無意識」を担っているといってもいいのかもしれません。

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2008年06月09日

われわれ現代人

世界中のどの古代文明でも、人々はじっと天を眺めてきました。もちろん遠く地平線上を眺めることしかできませんでしたが、それでも、回転する月、太陽、星々にさまざまな思いをはせていました。巨大なドームの中で限りなく広がる天体を見ているようなものです。自分たちが見たものが何であるかを説明し、秩序をうち立てて理解しようと天の神話を造りました。たとえばギリシャ文明では太陽を「アポロ神が太陽の馬車で空を行進している」と解釈していましたし、同じように多くの文明で、太陽や星々の神が造られてきたのです。古代の人々は、われわれ現代人以上に時間と変化の足跡に親しみを覚え、依存していたのです。

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2008年06月06日

湿度

収穫したハーブを1回に使いきれなかった場合や、1年草を秋に刈り取ったときなどに、長期に保存する方法があります。
「ドライハーブ」と呼んでいる保存方法で、短期間に仕上げることが良質の乾燥葉をつくるコツです。
いくつかのポイントを挙げてみましょう。

1、湿度の低い晴天の日を選びます。
2、直射日光が当らない、風通しのよい場所を選びます。
3、ハーブの葉だけを収穫したものは、できるだけ大きいざるに広げて乾燥しやすいようにします。
4、葉茎を乾燥させるときは、少量にわけ枝元で束ねて吊しておきます。
5、出来上がったドライハーブは、密閉容器に入れて冷暗所に置いてきます。

乾燥したハーブの多くは、種類がわかりにくくなるので、ラベルに名前を書いて容器に貼っておいたほうがいいですね。

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2008年05月31日

号数のついた酵母

号数のついた酵母
秋田の新政で見つかった6号酵母、長野の真澄で見つかった7号酵母、熊本の香露で見つかった9号酵母。どれも、現在全国の酒蔵は国税庁から購入することができます。ということは、それらの蔵元は自分の蔵で突然変異してできた貴重な利益源である新酵母を国税庁に召し上げられてしまったということです。今なら多分蔵元はどうぞと酵母を差し出さないことでしょう。ただ、これによって全国どこの酒蔵でも一定の品質の清酒ができるようになり、清酒業界の基礎ができたともいえると思います。

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2008年05月28日

荻舟による秋田の酒

荻舟による秋田の酒
地酒で早く優良と定評のあつたのは広島であつた。東京はもとより圏外であつたから、明治から大正初期にかけて、一般に用いられたのはかなり悪酒だつた。そこをねらつて進出したのが秋田で、先づ「両関」が宣伝し、ついで「爛漫」が競争した。江戸時代以来の声価になれて、東京を甘く見た灘の醸造家と、それに輪をかけた問屋筋が、長夜の夢をむさぼつていた間に、先づ反抗のノロシを揚げた秋田は、みずから地酒の秋田と名乗りかけて、本場灘を向うに廻し、実質で来いと挑戦したのが、後から考えると何といつても、酒造革新の先駆であつた。悪酒にならされた一般の東京人には、甘口の酒が珍しく、そしてうまいと思われた。秋田の酒は甘口だつた。?
秋田県の醸造試験場長を長く勤めて、秋田酒の恩人といわれた某氏はは、当時全国の技術者会議が関西で催された時、先輩格の「菊正宗」の技師長から、「お前が甘口を奨励するものだから、日本中の酒が悪甘くなつたと攻撃されて恐縮した」と頭をかいていたのにも接した。

彩華 美月 陸翔 大貴 唯斗 悠翔 渋谷 プレイ 美姫 千尋火 璃子 彩花 真央 陽太 健太郎 泰輝 大智 優真 優希 秘伝 将汰 忍の誕生会 団子大好き 流星 思い出 ひまわり みみ先生 おいしい 泣き虫

2008年05月24日

中村勘三郎

中村勘三郎
勘三郎は、昭和三十年の暮に大病するまで、大変な酒豪であった。麹町の家へ、芝居がハネると大向うの連中や若手の役者が大ぜい集まって、夜な夜な酒をよく飲んだ。初めて麹町の勘三郎の家へ行ったのは、三十年正月興行の「助六」の時で、水入りまでたっぷり演じて歌舞伎座を出るのはかれころ十時半近く、それから麹町へ行って飲み始めるのだから、いつも夜更けの宴会だった。大ぜいが居間に集まると、上機嫌の勘三郎は、炬燵(こkたつ)の中へみんなを招き入れ、「さあ、飲もうよ」と、どっかと座り、おもむろに、「これは、ぼくの一番好きなウイスキー」と、オールド・パーのしゃれた角瓶を取り出して、私たちにもすすめた。オールド・パーは舶来の高級酒でうまいのは当然だが、面白いことに、勘三郎の好きな理由は、オールド・パーの壜の形がいいからであった。酔ったあとは、弟子や仲間と、そのまま居間で雑魚寝(ざこね)することもあった。そんな時に面倒をみる久枝夫人や家族は大変だったろう。

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